研究領域の現状 151
奥 村 久 士(准教授) (2009 年 5 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:理論生物物理学,理論化学物理学
A -2) 研究課題:
a) ハミルトニアンレプリカ置換法の開発 b) ヘリックス・ストランドレプリカ交換法の開発 c) A K 16 ペプチドの加圧による構造変化
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) 新しい拡張アンサンブル分子シミュレーション手法であるレプリカ置換法を昨年,提案した。この手法では2つのレ プリカ間だけで温度を交換するのではなく,2つ以上のレプリカ間で温度を置換する。さらに効率よくレプリカの置 換を行うために従来のメトロポリス判定法ではなく最近提案された諏訪・藤堂法を用いる。通常のレプリカ交換法で はレプリカ間で温度を交換するが,温度の代わりにポテンシャルエネルギーにパラメーターを導入し,そのパラメー ターを交換することもできる。この手法はハミルトニアンレプリカ交換法と呼ばれる。今年はこの手法のレプリカ置 換版,ハミルトニアンレプリカ置換法も開発した。温度は全原子の運動エネルギーから計算される量であるため,温 度のレプリカ置換法では,系が大きくなると全自由度の平方根に比例して用意すべきレプリカ数が増える。これは陽 的な溶媒を含む場合に特に多くのレプリカを用意しなければいけないことを意味する。一方,ハミルトニアンレプリ カ置換法では注目すべき分子(例えばタンパク質)にだけ関係するパラメーターを選ぶことにより,レプリカ数を少 なくできるという利点がある。この手法を用いてアミロイドβ ペプチドの二量体化過程を明らかにした。
b) ハミルトニアンレプリカ交換法では温度の代わりに何を交換するパラメーターに設定するかが問題になる。2 面角ポ テンシャルエネルギーに新しい項を付け加えることによりα へリックスまたは β ストランド構造を多く再現できる。 そこで,このポテンシャルエネルギーに係数をかけ,その係数を交換する新しいハミルトニアンレプリカ交換法「へ リックス・ストランドレプリカ交換法」も開発した。この方法をα へリックスと β ヘアピン構造の両方をもつデザイ ンペプチドの分子動力学シミュレーションに応用した。その結果,通常のレプリカ交換法よりもヘリックス・ストラ ンドレプリカ交換法の方がより広い構造空間をサンプルし,より長いα へリックス構造や β ヘアピン構造を得ること ができた。この手法は今後,タンパク質の立体構造予測を行うための強力な手法になると考えている。
c) 高圧条件下でのタンパク質の構造変化について,拡張アンサンブル法を用いた理論研究も進めている。通常のタン パク質では圧力をかけると圧力変性が起き,α へリックス構造や β シート構造などの2次構造は破壊される。しかし, A K 16 ペプチドでは圧力をかけるとα ヘリックス構造の形成率が増えることが実験的に知られている。そこで我々は 拡張アンサンブル法のひとつである温度・圧力に関する焼き戻し法を用いて,A K 16 ペプチドの構造の圧力依存性を 調べた。その結果,圧力の増加にともない,α ヘリックス構造の割合は途中までは減少するが,その後増加した。高
圧力側だけでとはいえ,圧力によりα ヘリックス構造が増えるという実験結果を再現することができたのはこれが初 めてである。さらに慣性半径を計算したところ,α ヘリックス構造をとった状態では慣性半径は圧力とともに減少する, すなわち縮んでいるのに対し,アンフォールド状態の慣性半径はほとんど変化ないことがわかった。つまりα ヘリッ クス構造は加圧にともない縮むために,高圧力条件下ではα ヘリックス構造が増えるということが明らかになった。
152 研究領域の現状 B -1) 学術論文
S. G. ITOH and H. OKUMURA, “Hamiltonian Replica-Permutation Method and Its Applications to an Alanine Dipeptide
and Amyloid-β (29-42) Peptides,” J. Comput. Chem. 34, 2493–2497 (2013).
S. G. ITOH, T. MORISHITA and H. OKUMURA, “Decomposition-Order Effects of Time-Integrator on Ensemble Averages
for the Nosé-Hoover Thermostat,” J. Chem. Phys. 139, 064103 (10 pages) (2013).
Y. MORI and H. OKUMURA, “Pressure-Induced Helical Structure of a Peptide Studied by Simulated Tempering Molecular
Dynamics Simulations,” J. Phys. Chem. Lett. 4, 2079–2083 (2013).
H. OKUMURA and S. G. ITOH, “Transformation of a Design Peptide between the α-Helix and β-Hairpin Structures by a
Helix-Strand Replica-Exchange Molecular Dynamics Simulation,” Phys. Chem. Chem. Phys. 15, 13852–13861 (2013). S. G. ITOH and H. OKUMURA, “Replica-Permutation Method with the Suwa-Todo Algorithm beyond the Replica-Exchange
Method,” J. Chem. Theory Comput. 9, 570–581 (2013).
T. MORISHITA, S. G. ITOH, H. OKUMURA and M. MIKAMI, “On-the-Fly Reconstruction of Free-Energy Profiles
Using Logarithmic Mean-Force Dynamics,” J. Comput. Chem. 34, 1375–1384 (2013).
S. G. ITOH and H. OKUMURA, “Coulomb Replica-Exchange Method: Handling Electrostatic Attractive and Repulsive
Forces for Biomolecules,” J. Comput. Chem. 34, 622–639 (2013).
T. SAKAGUCHI and H. OKUMURA, “Cutoff Effect in the Nosé-Poincaré and Nosé-Hoover Thermostats,” J. Phys. Soc. Jpn. 82, 034001 (7 pages) (2013).
C. RUNGNIM, T. RUNGROTMONGKOL, S. HANNONGBUA and H. OKUMURA, “Replica Exchange Molecular
Dynamics Simulation of Chitosan for Drug Delivery System Based on Carbon Nanotube,” J. Mol. Graphics Modell. 39, 183–192 (2013).
Y. MORI and Y. OKAMOTO, “Free-Energy Analyses of a Proton Transfer Reaction by Simulated-Tempering Umbrella Sampling and First-Principles Molecular Dynamics Simulations,” Phys. Rev. E 87, 023301 (4 pages) (2013).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
H. OKUMURA, “Free-energy calculation of a protein as a function of temperature and pressure: Multibaric-multithermal
molecular dynamics simulations,” Proceedings of the 12th Joint European Thermodynamics Conference, JETC 2013, M. Pilotelli and G. P. Beretta, Eds., (Snoopy, Brescia, Italy, 2013), pp. 494–498 (2013).
H. OKUMURA and S. G. ITOH, “Non-Equilibrium Molecular Dynamics Simulation of Amyloid Destruction by Cavitation,” Proceedings of the 4th Asian Symposium on Computational Heat Transfer and Fluid Flow, (Hong Kong, China, 2013), ASCHT0199-T05-1-P (8 pages) (2013).
B -4) 招待講演
H. OKUMURA, “Introduction to molecular dynamics simulation and its application,” Sokendai Asian Winter School, Toki
(Japan), December 2013.
H. OKUMURA, “Replica-permutation method for protein simulations and pressure-induced denaturation,” Sixth Japan-Korea
Seminars on Biomolecular Sciences, Institute for Molecular Science, Okazaki (Japan), November 2013.
H. OKUMURA, “Molecular dynamics simulations for amyloid disruption by supersonic wave,” 2013 NCTS November Workshop on Critical Phenomena and Complex Systems, Academia Sinica, Taipei (Taiwan), November 2013.
研究領域の現状 153 H. OKUMURA, “Manifold correction and generalized-ensemble algorithms in molecular dynamics simulations,” 2nd International Symposium on Hierarchy and Holism, National Center of Sciences, Tokyo (Japan), February 2013.
奥村久士 , 「アミノ酸・タンパク質・タンパク質複合体の階層をつなぐ計算分子科学:アミロイド線維形成を理解するために」, 山田研究会・統合バイオサイエンスシンポジウム「次世代バイオサイエンスの可能性 要素から全体へ:ポストゲノム時代に おける統合的生命科学研究はどうあるべきか?」, 伊良湖ビューホテル , 2013年 11月.
奥村久士 , 「各種統計アンサンブルの生成法,拡張アンサンブル法」, 第7回分子シミュレーションスクール—基礎から応用 まで—, 分子科学研究所 , 2013年 10月.
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員等
分子シミュレーション研究会幹事 (2011– ). 日本生物物理学会中部支部会幹事 (2013– ). 学会誌編集委員
分子シミュレーション研究会会誌「アンサンブル」, 編集委員 (2004–2006).
B -10) 競争的資金
オリオン公募研究 , 「アミノ酸・タンパク質・タンパク質複合体の階層をつなぐ計算分子科学:アミロイド線維形成を理解す るために」, 奥村久士 (2013年度 ).
自然科学研究機構若手研究者による分野間連携研究プロジェクト, 「天文学と連携した分子動力学シミュレーションのための 新しい数値積分法の開発」, 奥村久士 (2012 年度 ).
科研費若手研究 ( B ) , 「計算機シミュレーションで探るアミロイドベータペプチドの多量体形成過程」, 伊藤 暁 (2012 年度 –2014年度 ).
科研費若手研究 (B), 「新しい分子動力学シミュレーション手法の開発とタンパク質折りたたみ問題への応用」, 奥村久士 (2011 年度 –2014年度 ).
科研費若手研究 (B), 「ナノスケールの非定常流を記述する流体力学の統計力学的検証」, 奥村久士 (2005年度 –2007年度 ).
C ) 研究活動の課題と展望
これらの研究を踏まえて,今後以下の研究に取り組む。
① アミロイド線維形成の初期過程においてはまずタンパク質の二量体ができ,それが成長してより大きなオリゴマーが形成される。 しかし二量体・オリゴマーがどのように形成されるか,二量体・オリゴマーの構造はどのようなものであるのかは未だに明らか になっていない。そこで拡張アンサンブル分子動力学法を用いて,二量体・オリゴマー形成過程を原子レベルで明らかにする。
② 高圧条件下におけるアミロイド線維の構造は常圧とは異なることが知られている。しかし,その具体的な構造もβ シート構造 形成に対する高圧力の効果もまだよくわかっていない。そこで高圧力まで調べることができる拡張アンサンブル法により,高 圧力条件下でどのようにタンパク質が凝集し,β シート構造を形成するのか解明する。
③ アミロイド線維を破壊する過程のシミュレーションも行う。近年,超音波を使ってキャビテーションによりアミロイド線維を破 壊する実験報告がいくつかなされている。しかしながら,水中の気泡がどのようにアミロイド線維を破壊するのか原子レベル での詳細は分かっていない。そこで超音波を模したサインカーブ状に時間変化する圧力をかけて,水中におけるアミロイド線 維の非平衡分子動力学シミュレーションを行い,その詳細を調べる。